仙台高等裁判所秋田支部 昭和34年(く)4号 判決 1959年8月29日
被告人 佐藤貞之助
決 定
(被告人・弁護人氏名略)
被告人に対する公職選挙法違反被告事件につき昭和三十四年七月十七日大曲簡易裁判所がした正式裁判請求権回復の決定に対し大曲区検察庁検察官事務取扱検事金沢清から即時抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定を取消す。
本件正式裁判請求権回復の請求を棄却する。
理由
本件即時抗告申立の理由は別紙即時抗告申立書記載のとおりであり弁護人浜辺信義、同岡部秀温の答弁は別紙同弁護人等共同作成名義の答弁書及び上申書に記載のとおりである。
よつて本件略式命令請求事件記録中の郵便送達報告書によると、本件略式命令の謄本は昭和三十四年六月二十三日横沢郵便局集配員熊谷直紀が被告人佐藤貞之助の住居地である秋田県仙北郡太田村中里字二十丁百三十三番地で、同居者母佐藤ハルに交付し形式上は適法に被告人に対して送達されたこと、が認められる。然して右略式命令に対し法定期間内に被告人より正式裁判の請求がなされなかつたことは全記録を通し明らかである。
しからば右法定期間の徒過が被告人又は代人の責に帰することができない事由によるものであつたかどうかについて検するに、原決定はこの点について、(一)本件略式命令の謄本が被告人方に送達された当時被告人は不在であつたこと、(二)右送達書類の交付を受けた被告人の養母ハルは被告人が来宅したら渡そうと考えこれを箪笥にしまつておいたが被告人には何等告知しなかつたこと、(三)被告人は昭和三十四年六月三日以後同年七月十日までの間その住居である前記太田村中里字二十丁百三十三番地の自宅に行つておらず、同年七月十一日弁護士阿部正一からの電話連絡によりはじめて右略式命令の謄本の送達があつたことを知つたこと、以上の事実を認定した上右法定期間の徒過は結局被告人の責に帰することができない事由によるものであるとし本件正式裁判請求権回復の請求を許容したことは原決定文により明かである。
ところで本件公職選挙法違反被告事件記録(大曲簡易裁判所昭和三十四年(ろ)第二二号)及び正式裁判請求権回復の申立記録(大曲簡易裁判所昭和三十四年(る)第七九号)を通覧すれば前記事実の外更に次の事実が認められる。即ち
(一) 被告人は昭和三十四年四月下旬頃より秋田市寺内将軍野二十一番地の自宅に起居し、前記太田村の住居には被告人等と入替に養母佐藤ハルを留守番として居住せしめていたこと。
(二) 右太田村の住家は被告人所有のものであつて昭和三十四年三月下旬より四月末頃まで妻と共に居住しており昭和三十三年九月に被告人のみ住民登録を右太田村に移し現在に至つており且つ昭和三十四年六月二日の参議院議員選挙には投票のため太田村に赴いておりその前にも三度程赴き七月十一日にも太田村に至つていること。
(三) 秋田市に移つたと称する後同年五月八日大曲警察署において司法警察員より、又同月二十三日秋田地方検察庁大曲支部において検察官より夫々被疑者として本件公職選挙法違反事件につき取調をうけた際前記太田村の自宅を自己の住居であるとのべ、且右検察官の取調があつた際同時に検察官より略式手続について説明を受け且つ正式裁判の請求も出来る旨の告知をうけたのに対し被疑者は略式手続によることについて異議なき旨の申述書を作成して係検察官に提出していることが窺われる。したがつて被告人としては何れ近いうちに右事件が起訴され略式命令の謄本が前記太田村の自宅に送達されるであろうことは充分予想していたことを推認しうること。
(四) 被告人は同年七月十一日弁護士阿部正一よりの電話で本件略式命令謄本の送達があつたことを知るまで、右養母ハルに対し特に裁判所からの送達書類の回送乃至その旨の連絡を依頼したことはなく、電話又は郵便をもつてハルに対し或は管轄裁判所、検察庁に対しその有無を照会したこともなく、又その間前記の如く同年五月中二回、同年六月二日と三回太田村の自宅に帰宅しているにも拘らずハルに対し右事実の有無(その当時ハルが略式命令を受領していなかつたとしても)を確かめてもいないこと。(本件正式裁判請求権回復の申立書によれば被告人は公職選挙法第二百五十一条の規定を熟知しており、略式命令が確定すれば被告人において秋田県議会議員の当選の効力を失うから当然正式裁判の申立をする筋合のものであつたというのであるから、公務多忙とはいえ当然かかる程度の注意は払うべきであつたと思惟される。)
(五) 養母ハルは本件略式命令謄本の交付をうけ、その受送達者は同居者である被告人の母佐藤ハルである旨を告げて佐藤の印をその報告書に押捺して略式命令謄本を受領した上大切な書類であるとして之を箪笥の中に保管しておき乍ら被告人に渡すべき適当な措置をとらずにいたこと。しかるに右ハルは一方被告人宛の郵便物の二、三は符箋をつけて前記秋田市寺内将軍野の被告人方に回送していたことが窺われること。
以上の認定事実を綜合考量すれば本件正式裁判請求の法定期間の徒過は明かに被告人自身及び代人である佐藤ハルの重畳的な責に帰すべき事由に帰因するものといわねばならない。
弁護人等は、其の答弁書において本件略式命令の謄本が郵便送達の方法によつて送達された場所は被告人の住所である秋田県仙北郡太田村中里字二十丁百三十三番地である旨認めておるが其の後提出の上申書では右は住所でなく住民登録をなした場所であるに過ぎない旨縷々述べて送達は不適法であるとしているが右太田村中里字二十丁百三十三番地は前叙の理由により送達を為すべき場所に該当しているものと認めるので本件送達は適法である。次に被告人が検察官より「この種事件は起訴猶予になるかも知れないし、或は軽い罰金になるかも知れない。罰金になるとしても略式命令によるのが通例である。」といわれ更に「今一度来て貰いたい。その期日は六月になるでしよう。」と告げられたので被告人に対する本件公職選挙法違反事件が起訴猶予になるか略式命令請求となるかの最終的決定は後日被告人が第二回目の呼出をうけたとき告知されると判断し、その時養母ハルに対し略式命令の送達があるかも知れないことや、若しそれが送達されたら回送するよう連絡する意思であつたのであるから、直に略式命令謄本の送達があることは予想しなかつたわけで、この点からみれば被告人が当時養母ハルに対し右のごとき連絡をしなかつたことをもつて被告人の責に帰すべき事由とすることはできないというのであるが、当時被告人を取調べた検察官善方正名の当審における証言によれば、同検察官が被告人に対し所論のごときことを告知したかどうか極めて疑しいのであるが、仮にかかる事実があつたとしてもそれだけでは、前認定の事実に照し、被告人の責に帰すべき事由がなかつたということはできない。又弁護人等は養母ハルは被告人の代人とはいい難いから本件略式命令謄本を受領したまま被告人方に回送せず放置していたとしても被告人の代人の責に帰すべき事由に該当しないというのであるが、前認定の生活関係よりみれば養母ハルは被告人の代人であると認むべきであるのみならず、本件は前認定のとおり被告人本人と代人との重畳的な責に帰すべき事由があつたものと認むべき事案であつてみればこの点の所論は到底認容の限りでない。
よつて原決定は刑事訴訟法第三百六十二条の適用を誤つて被告人に対し正式裁判請求権の回復を許容した違法があるので同法第四百二十六条第二項に則り原決定を取消し正式裁判権回復の請求を棄却することとし主文のとおり決定する。
(裁判官 松村美佐男 小友末知 石橋浩二)